大阪地方裁判所 平成11年(ワ)2426号 判決 2000年2月09日
原告
大井貴憲
被告
丸誠株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して、金一億〇〇二七万八三九二円及びこれに対する平成三年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して、金二億二〇八三万九四五三円及びこれに対する平成三年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、次の交通事故により傷害を負った原告が、相手方車両の運転者である被告藤井裕樹に対し民法七〇九条に基づき、相手方車両の所有者である被告丸誠株式会社に対し自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償(一部請求)を求めた事案である。
一 争いのない事実等(証拠により認定した事実については証拠を掲記する。)
1(本件事故)
(一) 日時 平成三年三月五日午後六時四三分ころ
(二) 場所 大阪市西区南堀江三丁目一五番一三号先路上(大阪臨海線)
(三) 加害車両 被告藤井裕樹(以下「被告藤井」という。)運転の普通乗用自動車(大阪四七つ五九四三)
(四) 被害車両 原告(昭和五五年五月二日生、当時一〇歳)運転の足踏式自転車
(五) 態様 信号機により交通整理の行われている交差点において、被告藤井が北から南へ、原告が西から東へ進行中、横断歩道上において、原告が側面衝突されたもの
2(被告らの責任)
(一) 被告丸誠株式会社(以下「被告丸誠」という。)は、加害車両の所有者であり、自動車損害賠償保障法三条の責任がある。
(二) 被告藤井は、加害車両を運転していたものであり、本件事故発生について過失があるから、民法七〇九条の責任がある。
3(障害、治療経過、後遺障害)
(一) 傷害
右側頭部陥没骨折、脳挫傷、左脛腓骨開放性骨折、左脛腓骨骨折、右硬膜下血腫、左片麻痺、遷延性意識障害
(二) 治療経過
(1) 大阪大学医学部附属病院
平成三年三月五日から同年四月八日まで入院三五日
右入院期間中、意識レベルとしては昏睡状態を継続したほか、左下腿部の切断を余儀なくされ、平成三年三月一二日、左下腿部を切断した(甲二)。
(2) 医療法人行岡医学研究会行岡病院
平成三年四月八日から同年八月一〇日まで入院一二五日
平成三年四月三〇日ころ、ようやく簡単な発語をするようになったものの、発語応答はその後もスムーズに行えない状態が続いたため、リハビリが続けられた(甲三ないし七)。
平成三年八月一一日から同年九月二六日まで通院(実通院日数二二日)
平成三年九月二七日から同年一〇月二八日まで入院三二日
切断端部の形成手術を受けた(甲八)。
平成三年一〇月二九日から平成九年九月一九日まで通院(実通院日数二四九日)
(二) 後遺障害
(1) 症状固定
脳神経外科 平成四年一〇月五日(甲二三)
眼科 平成九年五月三〇日(甲二四)
整形外科 平成九年九月一九日(甲二二)
(2) 症状
<1> 脳神経外科
左痙不全麻痺、集中力低下、根気の継続困難、脳萎縮、脳波異常(左大脳半球優位に五ないし六ヘルツでのQ波混入が多くみられる。)(甲二三)
<2> 眼科
上外斜視、調節傷害、左視神経萎縮、目が疲れる(甲二四)
<3> 整形外科
左下腿部切断のため、右下肢長が八二・五センチメートルであるのに対し、左下肢長が五九センチメートル、義足歩行のため、皮膚にびらん(甲二二)
(3) 認定等級
<1> 左眼視野変状(暗点) 一三級二号
<2> 左下肢の欠損 五級五号
<3> 頭部神経障害 七級四号
併合三級
4(争いのない損害額) 七一六万九四二〇円
(一) 治療費 二八四万八二〇〇円
(二) 入通院付添費 二二〇万五五〇〇円
(三) 入院雑費 二四万八三〇〇円
(四) 通院交通費(タクシー代) 八九万八〇一〇円
(五) 義肢装具代 九六万九四一〇円
5(損害填補) 七五〇万二七九四円
(一) 七四七万一八七四円
(二) 三万〇九二〇円(乙二九)
二 争点
1 過失相殺
(被告ら)
本件事故現場南北道路は、通称「新なにわ筋」と呼ばれている片側四車線の中央分離帯を備えた幹線道路である。
原告は、右道路南堀江三丁目西交差点の南側横断歩道を被害車両に乗り、西から東に進行してきた。
原告は、無灯火でかつ赤信号を無視して進行してきた。
したがって、三割の過失相殺をすべきである。
(原告)
本件事故は、被告藤井が、被告丸誠の代表取締役を送るため、加害車両に同人及び二人の義妹を同乗させ、北から南方向へ、制限速度を一〇キロメートル超過した時速六〇キロメートルで走行中、本件交差点の停止線から七三・六メートルの地点で、対面信号が黄色であることに気づき、かつ、助手席の島勝也から、「無理するな」と声をかけられたにもかかわらず、そのまま交差点を通過してしまおうと思って走行を続けたばかりでなく、右停止線手前約一九・一メートルの位置で、対面信号が赤色であることに気づいたから、このときブレーキをかけていれば、交差点の自転車横断帯付近で止まることができたにもかかわらず、敢えて、交差点に進入して走行したため、折から、被害車両に乗って横断歩道上を西から東に進んできた原告を、一〇メートルの距離で発見して、急制動措置を取ったが及ばず衝突して負傷させたものである。
また、加害車両が本件交差点に進入するより原告の方が先に横断を開始している。
したがって、原告の過失割合は〇である。
2 損害
(一) 傷害慰謝料 四〇五万円
(二) 後遺障害慰謝料 二二五〇万円
原告の母親は、原告の看護や介護の疲れのため落命した事情があるから、慰謝料は、二級相当の右金額が相当である。
(三) 逸失利益 八八〇七万五五〇二円
原告は、平成一一年三月、高等学校を卒業し、大学に進学する予定であるところ、奈良産業大学の入学試験に合格した。
したがって、平成九年度賃金センサス、産業計、企業規模計、全労働者男子労働者の平均賃金である年四九五万五三〇〇円を基礎に、労働能力喪失率一〇〇パーセント(左手で食器を持って食事することが困難、左手でワープロが扱えない、脳波異常、義足歩行、上外斜視、調節傷害、左視神経萎縮、左眼視野変状〔暗点〕)として、ライプニッツ式計算法により逸失利益を計算すると、次の計算式のとおり、八八〇七万五五〇二円となる。
495万5300円×(100/100)×17.774=8807万5502円
(四) 将来の介護費 九八九三万三二五〇円
原告は、左下腿部を切断したため義肢歩行を余儀なくされているほか、左半身の不全麻痺のため、左半身が不自由であるうえ、左眼に暗点があるため目が見えにくい状態にある。
加えて、原告は、義肢を着用していても、和式トイレは使用不可能であるほか、手すりがなければ、階段の昇降も不可能であり、自転車にも乗れない状態にある。
このように、原告は、義肢を着用していても、日常生活に不可欠な階段の昇降が手すりがなければ不可能なため、常時、介護や介助が必要である。
更に、原告は、帽子の脱着以外のすべての衣服脱着動作のほか、物を持って歩くこと、敷居をまたぐこと、溝を渡ること、床上の物を拾いあげること、しゃがむこと、バスの乗り降り、自動車の乗り降り、浴槽の出入り、箸で食事をすること、運筆、紙を切ることなど日常生活に不可欠な右動作が、医師の手による活動検査によっても、「時間をかければ可能な場合」すなわち、時間をかけなければ不可能な場合に該当する旨位置づけられている。
そして、原告は、義肢がなければ、独歩はもちろん、立位保持、床上や椅子から立ち上がること、その場回り、手すりにつかまっての階段の昇降、敷居をまたいだり、溝を渡ったり、床上の物を拾いあげたり、しゃがんだり立ち上がったりすることは不可能である。
原告は、左下腿をいわゆる「膝」部分を残して切断したため、義肢を着用する時に足が痛み、また、着用して歩行したり、立位保持をしたりすると、義肢が膝の断端部と擦れるため、常時水ぶくれができたり、出血するため足が痛む。
このようなことから、原告は、修正、定期的な検査を余儀なくされているばかりでなく、外出中であっても、右の動作中に痛みのため、義肢をはずしたりして足を休める必要があり、原告には、常時介護や介助が必要である。
いずれにしても、常時、介護や介助がなければ、原告は、食事を作ること、入浴すること、掃除すること、洗濯することなど、一人ではおよそ日常生活に不可欠な所為をすることができない。
原告の母親は、本件事故による原告の介護や介助疲れのため、平成六年六月一九日死亡した。
よって、原告には、平均余命(五九・六四年)に達するまで、職業付添人による介護や介助が必要であるところ、その費用は一日当たり一万円を下回らない。
1万円×365日×27.105=9893万3250円
(五) 将来の治療費 三四万〇二二一円
原告は、義足を着用するときに足が痛み、また、着用して歩行したり、立位保持をしたりすると、義足が膝の断端部と擦れるため、常時、水ぶくれができたり、出血するため足が痛む。そのため、原告は、終生、一か月に一回の割合で、定期的な検査を受けることを余儀なくされている。
定期検査に必要な費用は、一回当たりの平均金額として一〇四六円を必要とする。
1046円×12か月×27.105=34万0221円
(六) 義肢買替費用 五〇七万二一六〇円
義肢の補給について、原告が二〇歳に達した場合、福祉から支給される義肢は二年に一回となる。故障した場合、福祉から修理費は支給されないことから、常時予備の義肢が必要となる。
義肢の耐用年数は、約二年であるから、少なくとも五年間に一回の割合で予備の義肢を補給する必要がある。
義肢の費用は、二二万九五九七円(甲三〇)である。
22万9597円×12回=275万5164円
原告に対しては、水泳用や風呂用の義肢は支給されない。
右義肢の費用は、一九万三〇八三円(甲三一)である。
耐用年数は五年である。
19万3083円×12回=231万6996円
(七) 弁護士費用 二〇〇〇万円
第三判断
一 争点1(過失相殺)
証拠(乙七ないし一四、一六ないし二八、被告藤井本人)によれば、次の事実が認められる。
1 本件事故現場は、南北方向の道路(以下「本件道路」という。)に東西方向の道路が交差する信号機により交通整理に行われている交差点(以下「本件交差点」という。)であり、本件道路の本件交差点北側は歩車道の区別があり、中央分離帯の設置されている片側四車線の道路で、南側は同じく歩車道の区別があり、中央分離帯の設置されている南行三車線(その東側に一車線の側道が設置されている。)、北行四車線の道路であり、最高速度を時速五〇キロメートルに制限されている。
本件交差点北側には横断歩道橋と自転車横断帯が設置され、南側には横断歩道と自転車横断帯が設置されている。
2 被告藤井は、加害車両を運転して、本件道路を北から南に向かい時速約六〇キロメートルで本件交差点に向かい、本件交差点手前約七五メートルで対面信号機が黄色に変わったのを見ており、更に約五六メートル進行した本件交差点手前約一九メートルで対面信号機が赤色に変わったのを確認したにもかかわらず、そのまま本件交差点を通過しようと考え、本件交差点内で対向車線から右折するために待機している車両に対しパッシングしたうえ、加速して本件交差点を通過しようとした際、前方約一〇メートルの横断歩道上を西から東に被害車両(無灯火)に乗って横断してきた原告を発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、加害車両左前部付近を被害車両に衝突させた。
3 本件道路の車両用信号機が赤色に変わってから、三秒間は東西方向の歩行者用信号機は赤色表示である。
以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
右に認定の事実によれば、本件事故の主たる原因は、対面信号機が黄色を表示しているのを交差点手前で十分に停止できる位置で確認したにもかかわらず、そのまま本件交差点を通過しようとし、対面信号機の赤色表示を無視して本件交差点に進入した被告藤井の信号無視にあるというべきであるが、原告にも対面信号機の赤色表示を無視して無灯火で本件交差点を横断しようとした過失があるから、原告の損害額からその一割五分を過失相殺するのが相当である。
二 争点2(損害)
1 争いのない損害額 七一六万九四二〇円
(一) 治療費 二八四万八二〇〇円
(二) 入通院付添費 二二〇万五五〇〇円
(三) 入院雑費 二四万八三〇〇円
(四) 通院交通費(タクシー代) 八九万八〇一〇円
(五) 義肢装具代 九六万九四一〇円
2 傷害慰謝料 四〇〇万円
原告の傷害の部位、程度及び入通院状況からすると、傷害慰謝料は四〇〇万円と認めるのが相当である。
3 後遺障害慰謝料 一八五〇万円
原告の後遺障害の内容からすると、後遺障害慰謝料は一八五〇万円と認めるのが相当である。
なお、原告の母親が、原告の看護や介護の腐心したことは認められるが、同女の死亡と本件事故との間に因果関係を認めるには至らない。
4 逸失利益 六四四二万〇六〇五円
証拠(甲二三、二八、三五ないし四四、原告本人)によれば、原告の知的レベルはほぼ正常範囲となっていること、日常生活動作は、不可能なものは、<1>手すりにつかまらずに階段を昇降すること、<2>自転車の乗降、<3>日本式便器の使用、<4>針に糸を通すことであり、時間をかければ可能なものは、<1>物を持って歩く(二キログラム)こと、<2>手すりにつかまって階段を降りること、<3>溝(三〇センチメートル)を渡ること、<4>床上の物を拾いあげること、<5>しゃがむこと、<6>バスの乗降、<7>自動車の乗降、<8>箸で食べること、<9>茶碗を持って食べること、<10>前あきシャツの着脱、<11>かぶりシャツの着脱、<12>ズボンの着脱、<14>スナップ、ボタンの着脱、<15>紐を結び解くこと、<16>手袋の着脱、<17>靴下の着脱、<18>靴の着脱、<19>補装具の着脱、<20>手拭いを絞ること、<21>浴槽の出入り、<22>運筆、<23>手紙を折りたたみ封筒に入れること、<24>紙を切ること、<25>定規で線を引くこと、<26>金槌で釘を打つこと、<27>はちまきをしめることであり、その余は可能であること、原告は、平成一一年四月、奈良産業大学経営学部に進学し、自宅から大学まで徒歩、電車、バスを乗り継いで通学していることが認められ、原告自身は将来大学を卒業後、就職したいと考えていることが認められ、その可能性も十分に存するというべきではあるが、原告の後遺障害の内容からすると、就職し、収入を得ることができるとしても、それは原告の人並み以上の努力を要することが十分に推認できるから、逸失利益の算定に当たっては、労働能力喪失率は一〇〇パーセントとすべきである。
したがって、平成九年度賃金センサス、産業計、企業規摸計、大卒男子労働者の全年齢平均賃金年六八七万七四〇〇円を基礎にし、平成一五年(原告二三歳)から六七歳まで就労可能として、原告の逸失利益の本件事故時の現価をライプニッツ式計算法により算定すると、次の計算式のとおり六四四二万〇六〇五円となる。
687万7400円×(100/100)×(18.7606-9.3936)=6442万0605円
5 将来の介護費 二四二五万一六九五円
原告の前記認定の日常生活状況からすると、原告が常時介護を要するとまでは認められないが、相応の介護がなければ生活していくことは困難であるというべきであるから、将来の介護費としては、一日五〇〇〇円として、症状固定から七三歳までの介護費の現価を、ライプニッツ式計算法により算定すると、次の計算式のとおり二四二五万一六九五円となる。
5000円×365日×(19.0750-5.7864)=2425万1695円
6 将来の治療費 二二万四三八二円
証拠(甲二九、四五、弁論の全趣旨)によれば原告の左足は、装具との接触により断端部に潰瘍が形成され、これの治療に年間一万二〇〇〇円程度(月額一〇〇〇円)の治療費を要するものと認められるから、将来の治療費の現価をライプニッツ式計算法により算定すると、次の計算式のとおり二二万四三八二円となる。
1万2000円×18.6985=22万4382円
7 義肢買替費用
義肢の買替費用については その必要性を認めるには至らないから、理由がない。
8 以上を合計すると、一億一八五六万六一〇二円となる。
三 右金額からその一割五分を過失相殺すると、一億〇〇七八万一一八六円となる。
四 右金額から損害填補額七五〇万二七九四円を控除すると、九三二七万八三九二円となる。
五 弁護士費用 七〇〇万円
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、七〇〇万円と認めるのが相当である。
六 よって、原告の請求は、一億〇〇二七万八三九二円及びこれに対する本件事故の日である平成三年三月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 吉波佳希)